02

*****
その翌日から、ピノクルとフリーセルは「勉強会」をはじめた。
勉強会といっても主にフリーセルの追試の克服が今の目的だ。

「ここの問題から…ここまで解いてみて欲しいんだ。分からないところがあったら言ってね」
ピノクルが用意した問題集を前に、フリーセルは素直にうなずき解き始める。

「ピノクル」
「なあにフリーセル」

「最初っから全然分からない」
「…」

あくまで最初は基本の確認をする為に用意した問題だった。
まさかここから全く分からないと言われるとは思っていなかったピノクルは
「これは予想以上にまずいのではないのか」と急に眩暈に襲われる気分になった。
だがここであきらめればフリーセルは下手をすれば留年である。
奨学金も打ち切られ来期から一緒に学院に残る事は不可能になる可能性が高い。
「フリーセル…、ぼ…僕もがんばるからねっ」

翌日は改めて用意し直したフリーセル用の問題集を順をおってピノクルが説明する。
フリーセルは相変わらず素直に聞き入れ集中してピノクルの「授業」に向き合っていた。
もともと休学中の授業内容を頭にいれていなかっただけのフリーセルなので
一つ一つ追っていけばなんなく内容を頭にいれていく。
しかし、だからといって長い休学時期があったのだ。
休学前のフリーセルを知るピノクルには、今のフリーセルの学習能力は以前より明らかに
高くなっているのを感じていた。

『やっぱりリングを付けていた影響なのか…』
あのリングへのイメージはピノクルにとっては…いや、あのリングに関わった者の
大半にとって良い物では無いだろう。
しかし、追試の突破という非常に学生にとっての大切な目的を前に、ピノクルは
そのフリーセルの能力に今は感謝するのであった。

一週間が経過すると、フリーセルは基礎部分はすでに難なくクリアしていた。
このままいけば、追試までには大丈夫そうだ。
しかし安堵するピノクルの予想に反してその頃からフリーセルの「授業」への
集中力が目に見えて減退していた。

「ピノクル、そろそろ休憩しない?」
「10分前に休憩したよ!?」

中々進まない状況にピノクルも苛立ちが隠せなくなっていた。
「あのね、フリーセル…だいぶ進んだけど、この学院の試験をクリアするには
もう少し頑張らないと正直厳しいんだよ」

「分かってはいるんだ…ただ…」

「ただ?」

「…何でもないよ。ごめんピノクル…続けてくれるかい?」
フリーセルの様子を怪訝に思いながらもそう促されれば断る理由も無い。
ピノクルはそうして授業を続けた。

もしかしてリングを付けていたフリーセルにまだ悪い影響が残っているのだろうか?
フリーセルの様子に違和感を感じたピノクルは念のために日本のカイトやキュービック達に
連絡をとる準備をしたほうがいいのかもしれないと考えていた。
「何かあったら連絡をして欲しい」
そう別れ際に言ってくれた日本の「友人」達の姿が頭に浮かんだ。

それからさらに一週間が経過した。
フリーセルは相変わらず時々集中力を切らしていたが、しかしそれ以外は予定以上のスピードで
学習し、あと少しで来週の追試には問題なくいどめる状態になっていた。

「ピノクルのお陰で何とかここまでは分かるようになったよ…ありがとう」
「ここまで分かれば、あとは簡単な応用だけだよフリーセル
それにしてもここまで短期間でクリアできるなんてね…正直僕もここまでいけるとは思って無かったよ」

「リングをつけていた影響なのかな…でもそのおかげでここまでできたのなら良かったかもね」
フリーセル自身から「リング」という単語を聞いたのは久しぶりでピノクルは思わず押しだまる。
しかし、案外冗談めいた口調でつぶやくフリーセルを見てピノクルは安堵した。

「ねえフリーセル…時々やけに集中力が切れているみたいだけど、もしかしてその…
リングの後遺症のようなものじゃないのかな?体に異常はない?」

はっとした様にピノクルを一瞬見たフリーセルは急に顔を赤らめた。
「フリーセル?」

「異常は…あるよ一部分」
「?!やっぱりそうなのか?ねえフリーセル、早く日本のキュービック君たちに連絡したほうがいい…!」

「そういうのじゃなくて…」
「?でも彼らはきっと手を貸してくれる…だから…」

「ピノクルとしたいんだよ」
「うん、だから連絡を…え?」

不意に言われた一言にピノクルの思考が止まる。
ピノクルとしたい。
その言葉をあらためて脳内で反芻して理解すると思わず顔がくずれた。

「ピノクルに以前勉強の質問したくて部屋を訪ねたんだ…ノックしても返事がなくて…
部屋の鍵は開いてたから…だから…」

フリーセルの言葉にピノクルは思案する。
フリーセルが部屋に来た。そんな事あったんだっけか…出かけるときは鍵は閉めるし…

そのままフリーセルは続ける。
「部屋の鍵があいていたから、いるのかと思って勝手に入らせてもらったんだ…
そうしたら君が…その一人で…してて…」

「?!!」
確かにピノクルは何度か一人で抑える事ができずに部屋で欲望を吐き出していた。
しかしそれを、脳内に描いた相手に見られていたなどという状況に頭がパニックになりかける

「ピノクルその時僕としたいって…言ってたから」

そんな言葉を聴かれていたという状況にピノクルはすぐさま逃げ出したい気分になった。

「ピノクルのそんな姿みちゃった上にそんな事言われて…僕も我慢できなくて自分の部屋で
何度かしちゃったよ…」

「この勉強会の時も…何度もその君の姿思い出しちゃって…ちょっと意識が…」

「まさかそれで集中力が無くなっていたのフリーセル?!」

「仕方ないじゃないか…ピノクルは相変わらずまじめに教えてくれてて
したいなんて言える状況じゃなかったし…僕だってこんな状態で沈めるの大変だったんだよ」

フリーセルは自身の中心を指差す。
その状況にピノクルは何ともいえない虚脱感に襲われた。

目の前でため息を付くピノクルを見るとフリーセルは急に立ち上がった。
「だって!もともとピノクルが炊きつけたんだからね…責任はとってもらうよ、いい加減」

カツカツと靴音を立ててピノクルに近寄るとそのまま腕をつかむ。
「ま、まさかここでやる気じゃ…空き教室とはいえこんな外から丸見えの場所じゃ駄目だよっ」

「じゃあ見えない場所ならいいよね」

ぐいっとピノクルを連れ出し、廊下をフリーセルは進んだ。

いつも授業がはじまるだいぶ前の時間から勉強会をしているので、この時間はまだ他の生徒の姿は見えない。
しかしあと数十分もすれば他の生徒も登校してくる時間だ。

「ふ、フリーセルっどこに…」

直進して奥の廊下へと入るそこを右にまがり、押し扉をフリーセルは押した。

「ここのトイレならほとんど人はこないよ」

「?!」
そのまま奥の個室の一つにピノクルと一緒に入りフリーセルは扉の鍵を閉めた。

「フリーセル…」
「今更やめないからねピノクル」

そのまま口付けをすると、深いキスへと変わる。

「ん…」
呼吸が苦しくなりピノクルは思わず体が崩れそうになる。
そのまま体を支えようとするフリーセルの肘が後ろの扉に強く当たる音がした。

「つ…」
「フリーセル?!」

「ハハやっぱり狭いねここ…まあ大丈夫かな
ねえピノクルそのまま後ろを向いて手をついてよ」

「え?」
「後ろからでもいいよね」

そういうことか、と理解するとピノクルは観念したかのようにフリーセルに従う。
そして上着のジャケットを脱ぐと便座の横のスペースに用意されている棚に置いた。
「フリーセルも脱ぎなよ…制服汚れたらさすがにまずいからさ…」
「フフそうだね…」

結局全ての衣類を脱ぎ裸になった二人が狭い個室に並んでいた。
「完全に変態だねこれ」
「仕方ないだろっフリーセル、君が始めた事だからね」
「ふふ、じゃあそこに手をついて」
白い便器の前に立ち、ピノクルは後ろにあるタンクに手を突き、前かがみになり体を預ける。
冷たい感触に体が震えた。
「すぐ暖かくなるよ」
そうピノクルの耳元で後ろから呟くと、フリーセルは体をピノクルの背中に押し当てたままピノクルの中心に手をそえる
「足、もうちょっと開いてよ」
こくり、とうなずくとピノクルは便器の間の前側に少し足をいれ、またぐ体制で立った。
ピノクルの中心に添えていた手をそのままフリーセルは動かし始める。

場所と体勢から、どこか排泄を促されているようでピノクルは否応なしに羞恥心を高めた。
「ねえ、ピノクル」
手の動きを早めながらピノクルの後ろからフリーセルが問いかける。
それに顔を少し向ける形でピノクルが答える。
「な…に?」
「一人でする時は、やっぱり僕の事考えてくれているの?」
「そう…だよ…フリー…セルきみの事…考えてる…んっ」
「ふふ今の台詞と君の顔…かなり来るね…」

フリーセルの手の動きが、射精を促すスピードへと変わると、ピノクルから漏れる声も
細切れになっていった。
「は、あ、あっ」
そのまま便器の中に白濁の液体が落ちていくのを、フリーセルは満足そうに見つめていた。
「ね、ここならこういうの気にしなくていいし結構いいと思わない?」
荒い息を整えながら、ピノクルはまだ朦朧とする頭で思考する。
「…なんだかずぼらだね…君は…」
そう声を出す事はできずに視線をフリーセルにむけると、ピノクルの足の部分にフリーセルの
立ち上がった中心が当たるのを感じた。

「あ…」

そういえばここに来る前からフリーセルはその部分の主張を隠せないでいた。
随分我慢させていたんだなと思うと、フリーセルに対して謝罪したいような気持ちが生まれる。
それと同時に、彼が自分に対する欲情をつのらせてそうなっていると思うと
心の底から湧き上がる高揚感をピノクルは抑える事はできなかった。

「ね…フリーセル僕ここに座るからそのまま前に立ってて」
ピノクルは通常の使用方法通り便座に座る。
一瞬きょとんとした表情になったフリーセルだがピノクルの意図を直ぐに理解する。
「い、いいのピノクル」
「うん、…嫌かな?」
「嫌じゃないよっピノクルにしてもらえると嬉しいから…」

優しく微笑むと便座に座ったピノクルは目の前の位置に来たフリーセルの垂直にそり立つ中心を片手で支える。
少し前かがみになってそのまま口にはこんだ。
口内で舌先だけつかい先端を刺激するとフリーセルが震えるのが伝わる。
それを確認すると根元から先端に向かいゆっくりと舌で愛撫した。
そのまま根元まで口内に加えると強く吸い付き思い切り上下する。

うっとりとした表情のフリーセルがピノクルの髪をなでる。
髪の感覚を楽しんだ後、ピノクルの耳元に彼のほほにかかっていた髪をかける。
自身のペニスを口に加えるピノクルの表情が良く見えるようになると
その刺激的な姿がフリーセルをいっそう高ぶらせた。
「きもち…いいよピノクル…っ相変わらず…君は上手だ…ね」

口に咥えたまま、視線だけフリーセルに向けると、ピノクルは嬉しそうな瞳になった。
レプリカリングを付けていた頃に覚えた行為だ。
リングを外した今でも、その技巧は衰えていなかった事にフリーセルが喜んでいる姿をみてピノクルは安堵した。
ちゅぷ、ちゅぷと淫猥な音が反響の良い空間に響く。
フリーセルが気持ちいいと思う場所は覚えている。
順当にその位置を舌先をつかい刺激して、ピノクルは頭を上下させるスピードを早めた。

「ピノクル…っもうっ出るから…はなして…」
しかしピノクルは従わず、そのまま強い刺激を与える
「…っ」
一際大きく震えると、フリーセルはピノクルの口内に射精した。

「あ…ごめんっピノクル…」
ピノクルはそのままフリーセルの中心を放さず、軽く吸い付くと舌先を使い精液を全て飲み干した
「ピノクル…そんなこと…」

フリーセルの味だ…
ピノクルは液体を飲み干すと無意識にそんな事を考えている自分に気が付きあわてる。
そんな事を口に出して言えば彼に変態とののしられてもおかしくない内容だと思い至りただ視線だけを
フリーセルに向けた。

フリーセルはその視線を受け止めるとそのまま体を屈めてピノクルに軽くキスをした。
一度唇を離すが、直ぐにまた唇をついばむ。
深いキスでまたピノクルの意識は眩みそうになる。

気が付くと再び二人の中心も熱く熱を帯び、互いに求めるように持ち上がっていた。

「ね、ピノクル…後ろ…いい?」
「うん…」

のろのろとした動作でピノクルはもう一度、向きを変え背中をフリーセルに見せるとそのまま前かがみになる。
「ちょっと待っててね」
ピノクルの後ろからフリーセルの声が聞こえる。
しばらく間が空き、何かを取り出すような動作音が聞こえた。
これからの行為を思い緊張とはやる気分のまま、落ち着かない気持ちでピノクルはフリーセルの次の行為を待つ。

「あっ」

急に自身の臀部の中心に冷たい物を感じ、思わずピノクルは声を出した。
「ごめん、冷たかった?いきなりでごめんね…」
後ろを振り向く、とフリーセルがチューブから透明のゼリー状の物を指に出していた。
「そんな物を持ってきてたの?」
こういった行為に使う潤滑剤だ。しかしそんな物を持ち歩いていた事に思わず呆れ顔をするピノクルに
フリーセルが苦笑いをするように答える。
「だって…ピノクルといつできるか分からなかったし…必要になった時無かったら困るし…」
だからって校舎内にそんな物を持ち込むなんて…とピノクルは口に出しそうになるが
フリーセルなりにピノクルとの行為に気を使っているのだと思うと
その優しさに妙な嬉しさを覚えている自分に気が付きそれ以上フリーセルに言及するのをやめた。
そのまま静かにフリーセルの指の動きに従う。

最初は冷たく感じた潤滑剤もフリーセルの指の動きと共に直ぐに体になじむ。
ためらいがちにピノクルの後ろの入り口を出入りしていた指が次第に円を描くように動く。
その動きで自身の体が慣らされているのを感じるとピノクルの体が強張った。
指の奥がさらなる刺激をもとめて疼いているのをピノクルは目を閉じ耐える。

「もう…いいよね」

後ろから聞こえたフリーセルの声も低く艶めいてるのをピノクルは感じた。
それと同時に熱い物がピノクルの入口に当たる。
最初はさぐるように当てられ、次第にゆっくりと進入する。
その感覚を逃すまいとピノクルはきつく目を閉じ、意識をそこに集中した。

「全部入ったよ…」
ピノクルの背中に体を押し当て、わざとピノクルの耳元でフリーセルが囁く。
その声と体内に強い圧を感じ、ピノクルは呼吸を荒げる。
「ね…動いて…フリーセル…」
それを合図にゆっくりとした動きでピノクルの体内をフリーセルの肉棒が出入りすると
ピノクルの声が上がった。

「あ、あっ」

そのまま欲望のままこの行為に身を預けたいと思った矢先、この場所が何処であるのかを
ピノクルは思い出し、声を詰まらせた。
「声まずい…よね…んっ」
しかしフリーセルはそんなピノクルの質問を無視するかのように体の動きを次第に早めた。
「別にいいよ…ここの当りの教室は…ふだん…使われな…いし」

普段使われないといってもあくまで校舎内だ。
全く人がこないとは限らないではないか…とピノクルは否定の思考をするが
フリーセルの動きに全ての意識は散らされる。
ピノクル自身も体の中心にある刺激の強さに、抗う気持ちをそのまま手放し欲望に従った。

フリーセルの動きに合わせて動く振動でピノクルの体を支えているタンクがぎしぎしと音を立てる。

「はっ…ピノクル…気持ち…いいっ…」
「んっ…あっあっふりーせる」

「ピノクルも…もっと…気持ちよくなってよ…」
そう言うとフリーセルは体を動かしたまま、後ろからピノクルのそそり立つ中心に手を伸ばす。
フリーセルの腰の動きとは別の動きでそのままピノクルの中心をしごく。

後ろから前から感じる強すぎる刺激にピノクルの足はがくがくと震えた。
「あっ…フリーセルっ…おかしく…なっちゃうよお…っ」

「ピノクル…出しても…いい?」
「うん、うん…っ僕ももう…」

ピノクルの返事と同時にフリーセルの動きがピノクルの奥を何度も強く刺激する。

「…っピノクル」
何度目かの付きと共に体の奥に熱いものがあふれる感覚をピノクルは感じる。
その刺激に誘導されるようにピノクルも先端から白濁の液体を吐き出した。

朦朧とする意識の中でフリーセルがピノクルの体を正面に向かせるとそのまま抱きしめる。
「ピノクル…」

ピノクルは抜けそうな力を振り絞り、両手でフリーセルの背中に手を回した。
裸の互いの素肌の熱が心地よかった。
フリーセルとの行為はもう何度も体験している。
しかし、久しぶりのフリーセルとの甘い時間と感覚にいつも以上に
心が満たされているのをピノクルは感じていた。

「ね、今度からはもっとセックスしてもいい?」
「は?」
甘美な時間にうっとりとしていたピノクルに直接的な表現でフリーセルに不意に
囁かれ、ピノクルは現実に引き戻される。

「だって…ピノクルとするとこんなに気持ちいいからさ…君はそうじゃないの?」
言われている事はとんでもないような気もしたが、フリーセルからねだるように
気持ちよかったと言われるとピノクル自身、嬉しい気持ちになるから不思議だ。
いや、そもそもそれを分かった上でフリーセルはこんな事を言っているのではないかと
ピノクルは警戒心を持つ努力をしようとするが、「どう?」とフリーセルに矢継ぎ早に返答をせかされると
そのまま思案せず言葉を発してしまう。
「気持ちいい…に、決まってるよ…」

「じゃあ決まりだね」
ピノクルの回答に満足そうに微笑むと天使のような笑顔でフリーセルは囁いた。


結局その後の1限目はフリーセル共々さぼる結果になってしまった。
あの後、さらにフリーセルとの行為を続けてしまったからだ。

実際フリーセルに誘発されたとはいえ、ピノクルもフリーセルとの行為を
ずっと我慢していたのは確かだ。
かといって、学生の本分を無視してこんなことを校舎内でしてしまったという事実に
ピノクルはため息をつく。

「ごめんねピノクル…ちゃんと勉強も頑張るからさ…」
「さぼったのは僕も一緒だよフリーセル…だからもう謝らないで…明日からまた頑張ろう」
「うん」

実際勉強自体はこのまま勉強会を続ければフリーセルに影響はないだろうと確信できる状態になっていた。
ただ、二人で授業をさぼった事がクラスメイトにどう思われているか…そんな事をピノクルは考えてしまう。
二人共々長期間休学し、復学する、という異例の状況にフリーセルとピノクルは周りから若干浮いた存在になっていた。

それでも今はフリーセルと共に歩める事がピノクルの思考を上向きにさせているのは事実であった。

--そしてその1週間後の追試をフリーセルは難なくクリアした。

*****

萌えるような黄緑に目を細めピノクルは前を向く。
霧に煙る事の多い市街地から少し離れたこの地域は、なだらかな斜面に覆われる木々の
新緑の色がまぶしい季節になっていた。
穏やかな陽光に反射する幼馴染の金色の髪が揺れるのをピノクルは見つめた。
不意に金色がたなびくと、こちらを見つめ返す。
「今日はどんな物を作ったの?」

「…パウンドケーキだよ干しブドウとラム酒が入ってる」
「ふーん」
「紅茶と良く合うよ」
「それは楽しみだね」

最近手慰みに料理をしてみた所意外と興味深く、細々と作ってはフリーセルと試食をしていた。
別にコックになろうという訳ではない。
ただ、日本にいた頃フリーセルが興味を示していた少年を執拗に調べていた際
少年の幼馴染という少女が少年によく手料理を用意していた様がやけに印象に残っていたからだ。

「ノノハちゃんみたいにはまだ上手く作れないけれどね」
「せいぜい頑張って僕を楽しませてよピノクル」

いたずらめいた上からの物言いにピノクルは腹を立てるでもなく、ただ幸せそうに微笑んだ。

ここ最近はフリーセルは追試を受ける事は無くなっていた。
最初から成績が悪い生徒ではない。
ただ、あまり勉強というものが好きではないのだなという事をピノクルは最近になってようやく理解した。
ずっと幼い頃から一緒にいたが、以前はそのようなそぶりを見せてはいなかった。
いや、実は子供の頃からそうだったのかもしれない。
ただ、そんな姿をピノクルの前に見せるようになったのは復学してからだ。

…彼も変わったのかもしれない。
勉学を遠慮なく拒む姿をみせるなどというのはあまり歓迎できる変化ではないのかもしれないが
ピノクルに素直に文句をいい、ころころと笑う姿を見せてくれるのが嬉しかった。

以前この学院をやめても構わないと言ったフリーセルの真意はピノクルには分からなかったが
今はこうして一緒にいられる事を素直に天に感謝した。

「フリーセル、今度市街地で巨大パズルのアトラクションが楽しめる施設ができたみたいだよ
週末に一緒にいってみない?」

フリーセルと一緒にパズルを楽しむ。
それはピノクルにとっては幼い頃からの願いであった。
その事に気がついたのは休学中の事だったが、今のフリーセルとならそれも叶うように思えた。

不意に微笑んでいた幼馴染の表情が曇ったように見えた。
一瞬の沈黙の後、フリーセルが何か言おうとした時だった。
フリーセルのポケットから電子音が響く。

「…あ」
そのまま、ポケットに入れていた携帯電話をフリーセルは手に取り会話ボタンを押した。

「…カイト!」

フリーセルがその名前を呼ぶのを何度もピノクルは聴いた事がある。
その度に、心の奥に黒い物が蠢くのをピノクルは感じていた。

だが今は違う。
ピノクル自身、その名前にどこか懐かしさと、まぶしい思い出が蘇る。

「え、本当?!…うん…」
フリーセルの弾む声から、トラブルの類では無いようだとピノクルは胸をなでおろす。

「分かったよカイト…ピノクルと待っているよ」

ピノクルと…その言葉に胸の底が暖かくなるのを感じた。

「カイト君何だって?」
「今週末、イギリスに来るって」

「本当に?!」
「うん、ノノハとジンさんと…あとPOGの人も」
「へー、じゃあ逢えるのかい?」
「ここに来るそうだよ」
「そう!」

カイト達がイギリスに来る。
それはフリーセルにとっても、そしてピノクルにとっても願ってもいない邂逅であった。

「あ…週末…ピノクル、さっきの…」
「いいよ、また別の機会にすればいいんだから!カイト君たちが来るって言うんだから!」
「…うん、そうだね」

どこかほっとしたような表情のフリーセルがそのまま歩みを進めた。

「せっかくだしピノクル何か手料理でもてなしたら?」

「ええ?まさかそんなたいそうな物作れないよ」
「そうなのかい?」

「うーん…まあ何か考えてみようかな」
「僕も手伝うよ」
「フリーセルが?!」

思わず聞き返すピノクルにフリーセルは顔を膨らませて不満げな表情になる。
今まで見た事の無いその幼馴染の顔に、ピノクルは思わず噴出してしまう。

「もういいよ」
「ま、待ってよフリーセルっ」

自分を置いて歩いていく幼馴染を、ピノクルは足早に追いかけた。


-----終わり

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